2007年12月10日月曜日

God?


今夜は少し神について話を進めたいと思っています。熱心な宗教信者の方、気分を害する事があるかと思いますがご容赦ください。あくまでも僕一個人の解釈と考え方ですので。
僕は無神論者です。幼かった頃は「神」という存在を信じるようにやんわりと教育を受けてきたように思います。今になって考えるとそれは「神」ではなくご先祖様だったんだと。父が長男と言うこともあって、仏壇があります。何かの時にお経をあげたり、お線香を焚いたりします。小さかった僕はそれが神様への祈りだと勘違いしていたんですね。両親が言うことには、「ご先祖様への感謝の気持ちを表しなさい」との事でした。確かに、ご先祖様が居なくては僕なんて存在することもなく、こうしてBlogを書くことも無かったと思います。今あるのは彼らが居てくれたから。昔から色んな神様が居て色んな所で物議を呼んでいます。仏教・キリスト教に始まりイスラム教、はたまたヒンズー教に至まで沢山の神がこの世に居るって信じられています。そんなに沢山の神様居てどうするんでしょうね?戦争の大半は宗教戦争といっても過言ではありません。今なお繰り広げられている内紛も宗教が絡んで居るんですね。
サッカーの世界選手権?もある意味合法的な宗教戦争だと思っています。アメリカで黒人がまだ差別されていた頃、白人と対等に戦えたスポーツは野球だったとも思えます。唯一神が全てでは無いと思います。ただ、僕は神を信じるより自分のもてる経験やスキル・能力を信じたいのです。もちろん友人達との信頼関係は僕に多大なるパワーを与えてくれます。
「困ったときの神頼み」という言葉がありますが・・・そんな都合の良い神様は居ないです。結局の所神様を信じている人は自分の立場を都合良くしたいだけなんだと思います。なんか失敗したとき「神様が〜〜〜」とか、成功したときは「神様が〜〜〜」とかね。違うんです。全ては自分がしでかした事に対するリアクション、ただそれだけなんです。なぜそこに「神」を介在させるのか?神を信じていればお金持ちになれますか?幸せになれるのでしょうか?
以前、母が癌を患って闘病生活を送っていました。父は深夜にお墓まで行って呪文なるモノを一週間唱えたようです。確かにそれは父にとって気の済む問題だったと思います。そうしたからと言って癌が治ったでしょうか?闘病生活を始めて半年しない間に母は他界してしまいました。祈る気持ちは僕にもありました。でもそれは自分にとって都合の良い神ではなく、母の「生きたい」と言う気持ちに対してエールを送っていたのです。神に祈るよりは、良い音楽を聴かせてリラックスさせたり、窓を開けて新鮮な空気を部屋に入れたり、楽しい話をしてポジティブな考え方にさせようと試みたり・・そっちの方が全然有意義だし前向きだと考えています。

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