2007年11月19日月曜日

命の重さは21g?


映画21gを何回か観ました。死ぬ瞬間に人間が失うといわれる21グラムをめぐる人たちの物語です。本当に21g無くなるのでしょうか?命の重たさは誰も平等なはずなのですが、命を粗末にする人、大事にする人それぞれです。僕の体重の21g分は命の重たさなんですね。
母を看取った僕としては自分が死の淵に立っているときに聞いて欲しいことがあるんです。病気で闘って闘い抜いて来る果てにある「死」という物が近づいてきたとき、僕は死が近づいているのを理解しているのか否か?ある一瞬を境にして生と死が分かれます。死の直前まで「死」という事柄が僕には理解できているのか?とても考えてしまいます。人間は産まれた瞬間から「死」に向かってひたすら人生を歩むわけです。それが長ければ大往生と言われ、早すぎれば「早すぎる死」と言われます。どれだけ生きれば何も言われないようになるのでしょう?それって他の人々が勝手に決めていることなんですよね?僕が思うに自分が納得したり充実したと思えればそれが「良き死」なのでしょう。僕は無宗教で「神」という存在を信じていません(否定はしないですよ)神という存在を信じないのは「神を信じ始めたらキリがないから」って思うんです。世界中で行われている宗教戦争、それに付随した代理戦争。いろんな神様って存在があるから領土問題・個人的価値観によって争いが起きていると思っています。「神」に頼る人々・・・どうなんでしょう?僕は勝手に信仰深い人たちは信仰していれば良いわけで、僕に勧誘とかしてこなければ良いと思います。すっごい便利な神だって居ます。本堂が老朽化したからお布施を集めるときだけに存在する「神」とか、お金が絡むとヒョッコリ存在感をアピールし始める「神」とか。笑っちゃいますよね?
あくまでも僕個人の考えですけど、神を信じてる人は救いを求めている人(弱い人)。自分に信念や希望や挑戦すると言った気持ちがあれば自分の力や経験を信じて前に進めるわけなんです。 「そんな強い人ばかりじゃないよ」と言うかもしれませんが「神」が心の支えになるよりは「友」や「夢」が心の支えであったって良いんじゃないかと思うわけです。僕は決して信仰者に対して中傷したりすることなくお付き合いさせて貰っています。彼らは彼らなりの考えや気持ちがあって信じているのだろうし。僕は今日も明日もずっと自分のスキルを磨いて自分の納得する道を選び続けることでしょう。だって頼れるのは自分しかないのですから。

2 件のコメント:

さんのコメント...

まったく 同感です
先生 いいこと書きますね
今度 映画もみてみます

orb さんのコメント...

賢 さんへ
mixiにご招待しますよw